相続開始後に他の相続人による預金の引き出しがあった場合
1 事例
被相続人の死亡後に、他の相続人が勝手に被相続人の名義のキャッシュカードを用いて引き出したという相談をよく受けます。事案によっては、その相続人がATMで1日の預金引き出し額の上限の50万円ずつの引き出しを続け、残高が0に近くなっているケースもあります。このような場合に、どのように対応していくべきかをご説明します。
2 預貯金の遺産分割
被相続人が死亡し、相続が開始した場合には、被相続人の預貯金は相続人全員で遺産分割をする必要があります。遺産分割の対象となる遺産は、相続開始時に存在し、分割時にも存在する未分割の遺産です。上記の事例で、他の相続人が無断で被相続人の通帳からお金を引き出したりした場合に、その引き出されたお金については遺産分割の対象の遺産となるのでしょうか。
この点、遺産分割対象の遺産は、相続開始時に存在し、分割時にも存在する未分割の遺産であることが要件であるため、相続開始時に存在した遺産が遺産分割時に存在しない場合は、遺産分割の対象とはなりません。そのため、従前は、他の相続人が無断で被相続人の通帳からお金を引き出したりした場合に、その引き出されたお金については遺産分割の対象とすることは、全相続人の同意があれば別として、原則としてできませんでした。そのため、その引き出されたお金の問題は遺産分割では解決できず、民事訴訟等の手続きにおいて、無断で預貯金の払戻しをされた共同相続人の一部の人が、自己の準共有持分を侵害されたものとして、払戻しをした共同相続人に対し、不法行為による損害賠償又は不当利得返還を求める方法しかありませんでした。
3 令和元年7月1日相続法改正により民法906条の2が新設されました。
1 民法906条の2
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第906条の2 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
2 民法906条の2の解説
令和元年7月1日以降の相続においては、相続開始後、遺産分割前に処分された財産であっても、相続人全員の同意が得られれば、その財産が遺産分割前に遺産として存在するものとみなすことができます(民法906条の2第1項)。もっとも、この条項による遺産分割の精算を望まずに、上述した不法行為による損害賠償又は不当利得返還を求めることも可能です。また、上記処分をしたのが一部の相続人である場合には、その相続人の同意は不要で(民法906条の2第2項)、それ以外の相続人全員の同意により、その財産が遺産分割に遺産として存在するものとみなすことができます(民法906条の2第1項)。そのため、令和元年7月1日以降の相続においては、他の相続人が無断で被相続人の通帳からお金を引き出したりした場合に、その引き出されたお金については、勝手におろした相続人の同意がなくても他の全員の相続人の同意があれば遺産分割において存在するものとして遺産分割対象の遺産とすることができるようになりました。
相続開始後に他の相続人による勝手の引き出しがあり、相談のある方は、北九州の弁護士、おりお総合法律事務所にご相談ください。